大統領の日(ジョージ・ワシントンの誕生日)に贈る、パワーウォッチの真髄。
今年のオークションで初めて100万ドル(約1億1500万円)を突破した時計は、ロレックスのデイトナでもなく、パテック フィリップのコンプリケーションでもない。また、セレブの所有歴があるわけでも、収益を慈善団体に寄付したわけでもない。それどころか、広く話題になったわけでもない時計だった。
世界で最も高価なデイデイト。サザビーズ提供
その時計、ロレックスの“レインボー・ハンジャル”デイデイト Ref.18059が、2022年2月9日に開催されたサザビーズ主催のオンラインオークションで133万ドル以上の値を付けて落札されてから1週間以上が経過したが、デイデイトのオークションにおける世界新記録が樹立されたことは、まだあまり知られていないようだ。インターネットで情報が拡散され、Instagramの投稿に対するリアクションが活発な時代に、一体どうしてしまったのだろうか?
現在のロレックスのカタログでは、デイデイトはちょっとした異端児の扱いだ。確かにデイデイトには多くの歴史があり、その重要性は否定できないが、私には、ほかのヴィンテージ、モダン、コンテンポラリーなロレックスのモデルに見られるような熱狂的な支持を受けているようには見受けられなかった。
ジャックが50年かけてロレックスのデイデイトを手に入れようとしたエピソードも必見だ。
しかし、文化史的な観点から見ると、デイデイトは常に成功者の代名詞であり続けてきた。金無垢の派手なロレックスを腕につけることほど、成功者であることを誇示するものはない。特にサブマリーナー、デイトナ、GMTマスター、エクスプローラーのようなステンレススティール製のスポーツロレックスの時計と比較したとき、デイデイトが“時計文化”のトレンドとは無縁であり続けたのは、その強烈な象徴性のためであると言えるだろう。
先週のサザビーズでの結果を受け、業界の専門家たちの意見に耳を傾け、ようやくデイデイトの偉大なレガシーの魅力が理解できたような気がする。さらに重要なことは、デイデイトが注目を集める対象から脱却するプロセスをすでに開始しており、これまで以上に多くの人の手首に届く準備ができていることが明らかになったことだ。
どういうことなのか説明しよう。歴史の重要性 ‐ 何といってもデイデイトは60年以上の歴史を有する。
デイデイトは、ロレックスのカタログの王冠に輝く宝石のようなものだが、誰もがそれに気づいているわけではない。InstagramではロレックスのSS製ダイバーズウォッチやクロノグラフ、GMTなどが注目を集めているが、ロレックスはそれらをヒーローピースとは考えていない。 デイデイトは、ロレックスが現在、SS製の時計を提供していない唯一のモデルであり、ごく少数の初期プロトタイプを除いて、今後も提供されることはないだろう。
昨年公開されたジェフ・ヒリアード(Jeff Hilliard)のパーソナルエッセイ『盗まれた亡き父の形見の腕時計と父の面影を探して』には、ロレックスのデイデイトが登場している。
しかし、まず理解していただきたいのは、デイデイトがカレンダーウォッチであるということだ。ダイヤル12時位置の幅広の開口部から曜日のすべての綴りを表示した最初の腕時計であり、世界中で受け入れられるよう最大26カ国語の言語オプションが用意されている。
デイデイトが発売された1956年を振り返ってみると、デイデイトは融和的アプローチでリリースされたことがわかる。永久カレンダーやムーンフェイズ、スプリットセコンド・クロノグラフといった極めて繊細な機構以外のコンプリケーションをロレックスが大衆に提供するための位置付けだったのである。
デイデイトが登場する数年前に、ロレックスがトリプルカレンダームーンフェイズのRef.6062と8171の生産を中止したのはまさにそのためである。これらの複雑カレンダーは販売が芳しくなかったが、ロレックスは複雑時計の世界を完全に放棄したくなかったため、デイデイトが登場したのだ。このニューモデルは、すぐにロレックスのカタログの最上位に位置づけられた。貴金属製のコンプリケーションウォッチであり、ロレックスのベースラインであるSS製ツールウォッチとは一線を画する存在であった。
「Ref.6062と8171では市場での成功を収められませんでしたが、ロレックスはまだコンプリケーションの時計カテゴリーに参加したいと考えていました」とフィリップス時計部門のアメリカ担当上級副社長のポール・ブトロス(Paul Boutros)氏は語る。「そこで登場したのがデイデイトでした。ロレックスは格調の高いものを作りたかったので、曜日表示機能を加えて特別な仕様にしました。そして、ロレックスはその時計をフラッグシップ機に据えたのです」
デイデイトが発売されたのは1956年だが、その歴史はさらに遡る。Jake’sRolex Worldでは、1950年にスイスで出願された、ダイヤルに曜日と日付の両方を表示する時計の特許を近年発見した。同サイトでは、この特許が1955年7月23日にロレックスが出願した最終的なデイデイトの特許の下地になったのではないかと考えている。
初代デイデイトはホワイトゴールド、イエローゴールド、ローズゴールドの3種類で、ベゼルはドーム型(Ref.6510)とフルーテッド型(Ref.6511)の2種類が存在した。これらのモデルは1年間しか製造されなかったが、その後、新型ムーブメントCal.1055を搭載し、ダイヤルに“Superlative Chronometer Officially Certified”表記のRef.6611に取って代わられたが、このモデルは1959年まで販売された。
リンドン・B・ジョンソン大統領がロレックスのデイデイトを着用。Jake’s Rolex World提供
デイデイトが本格的に登場するのは、1960年代に入ってからである。Ref.1800系は1978年まで生産され、クラシカルなパイパンダイヤルを採用した最後のデイデイトとなった。この時期、デイデイトは世界のリーダーや権力者のための時計としての評価を高め、リンドン・B・ジョンソン(Lyndon B. Johnson)大統領の腕に装着されたことから“プレジデント”と呼ばれるようになった。(興味深い事実として、“プレジデント”とは、厳密に言うとデイデイトによく見られるブレスレットの隠しクラスプのことを指すが、ロレックスは時計全体を指しプレジデントウォッチと呼んでいる)。ジェラルド・フォード(Gerald Ford)大統領、ビル・クリントン(Bill Clinton)大統領、ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領も、のちにデイデイトを腕にすることになる。
ちなみに1962年、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)がジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)の45歳の誕生日に歌を披露したあと、彼にロレックスのデイデイトを贈ったという噂がある。2005年、アンティコルムは、その時計だといわれるデイデイトをオークションに出品し、12万ドル以上で落札された。しかし、オークションに出品された時計のシリアル番号1296419の製造年がケネディ暗殺の2年後、プレゼントされたとされる3年後の1965年第3四半期であることがのちに判明し、その信憑性が疑問視された。
ウィンド・ヴィンテージのオーナーであるエリック・ウィンド(Eric Wind)氏は「アメリカでは、デイデイトは歴史的に実業家のための時計でした」と語る。「テキサスで成功した石油会社の幹部は誰もが買っていましたし、今でも身につけています。ディック・チェイニー(Dick Cheney)第46代副大統領が愛用していることでも有名です。YGケースに同色ダイヤルのスタンダードな仕様は、テキサス版タイメックスと呼ばれますが、これぞ真骨頂なのです」
1978年、5桁のデイデイトRef.18038は、パイパンダイヤルを廃止し、サファイアクリスタル、ハイビートのCal.3055、クイックチェンジカレンダー機能を搭載した(曜日は除く)。新しいデイデイトの発表に合わせて、オイスタークォーツも発表された。そのなかには、デイデイトに代わるスタイルの金無垢のクォーツウォッチ(Ref.19018)も含まれる。自動巻きのRef.18038は10年間製造されたが、オイスタークォーツは2001年まで製造され続けた。
1979年登場のロレックス オイスタークォーツ デイデイト Ref.19018。
1988年に発表されたCal.3155を搭載したRef.18200は、デイデイトに初めて日付に加え、曜日もクイックチェンジする機能を導入し、リューズで簡単に両方のカレンダー機能を調整できるようになった。ロレックスは、2000年にブレスレットとクラスプが改良された6桁のRef.118000を登場させ、2008年には創業100周年を記念して“デイデイトII(Ref.218238)”を発表した。このモデルは、ロレックスでは珍しい失敗作とも言われている。このモデルはデイデイトの直径を41mmに拡大し、2015年に“Ⅱ”の命名規則を廃止してケースを40mmに戻すまで生産された。さらに重要なのは、2015年の“デイデイト40(Ref.228238)”は、ロレックスの高効率の新型脱進機、クロナジーエスケープメント、パラクロムヒゲゼンマイ、70時間のパワーリザーブを備えた初のムーブメントを搭載したことだ。
ロレックス デイデイトII
ロレックスは現在、36mmと40mmのデイデイトをYG、WG、ピンクゴールド、プラチナの4種類で展開している。またロレックスは、ダイヤモンドパヴェダイヤルやベゼル、ブレスレット、ダイヤルに宝石をセットした限定モデルを製造しており、その価格は数千万円クラスに及ぶ。2022年のデイデイトのエントリーモデルは、YG製の36mmで377万6300円(税込)からとなっている。
ロレックス デイデイト40と36。2016年にジャックが執筆した両モデルの比較記事はこちら。
ロレックスとチューダー両社の創業者であり、稀代のマーケッターであったハンス・ウィルスドルフ(Hans Wilsdorf)は、自社の時計をステータスシンボルとは考えなかったと言われている。むしろ、人類の叡智の象徴と考えたのである。成功を収めた男女が、正確で信頼性の高い(まさに成功する人の資質)日常の伴侶を購入することで、自分へのご褒美としたのだ。
デイデイトに関する数少ない書籍のひとつが、プッチ・パパレオ(Pucci Papaleo’)著『The Presidential Rolex』だ。
ウィルスドルフが亡くなったのは1960年、デイデイトが発表されてから数年後のことだった。ウィルスドルフが最後に手がけた時計のひとつが、その後もロレックスの最高傑作として君臨し続けているのは、まさに頷けるものだ。ウィルスドルフが亡くなってから60年、ロレックスは新しいコレクションを発表し続けているが、デイデイトは彼の指揮のもとに作られ、世界中で本物のアイコンとなった時計のなかでも、選りすぐりの存在である。デイデイトの永きにわたる成功は、高い知名度を生んだが過小評価されている。
貴金属製の華やかな時計であるにもかかわらず、デイデイトは、ときに無味乾燥な時計だと言われることがある。目立たない消費が称賛される時代にあって、わかりやすい形でラグジュアリーを象徴しているからだろう。そのアクの強さにもかかわらず、この時計はロレックスの食物連鎖の頂点に君臨しているのである。それも60年以上もの永きにわたって。
「ヴィンテージデイデイトは、あまりにもありふれていて、飽きられてしまった結果、一般的には関心が薄れてしまいました」とウィンド氏は言う。「1970年代初頭、ブレスレット付きのデイデイトは約1200ドル、同時期のエクスプローラーは約200ドルでした。つまり価格差は6倍も開いていますが、最近ではヴィンテージのエクスプローラーがデイデイトよりも高く売られています」
デイデイトは人気がある一方で、愛好家の関心は限られているため、時計コレクターなら誰でも何らかの形で知っているが、デイデイト専門に収集しているコレクターは数えるほどである。
昨年のドバイ・ウォッチ・ウィークで我々は、タリク・マリク氏がデイデイトを両手に二本づけしているのを目撃した。
2011年にオープンしたヴィンテージウォッチ専門店「モメンタム・ドバイ」のオーナー兼店長であるタリク・マリク(Tariq Malik)氏はその数少ないひとりだ。彼は、数年前からデイデイトの人気に少しずつ変化が起きていると捉えている。それは、ある一部の時計コレクターが、SS製ヴィンテージスポーツロレックスの収集を卒業し、ゴールドモデルに移ったことを知ったからだ。
「人々が気づいたのは、この製品の希少性でした」とマリクは言う。「需要と供給の問題ではなく、生産数の問題なのです。金無垢モデルの生産数はSSモデルの20〜25%だと気づいたのですね。デイデイトが注目され始めたのもそのころだと思います」
デイデイトとその歴史を理解するための資料は、残念ながらほとんど残されていない。先週サザビーズで落札された“レインボー・ハンジャル”のように、ロレックスのカタログのなかで最上位モデルとして位置づけられているデイデイトは生産数が限られており、一流顧客のために少量生産されている可能性が高いからだ。マリク氏は、デイデイトを初めて手にするコレクター、特に包括的なコレクションを築こうと考えるコレクターにとって、情報の少なさはフラストレーションにつながると考えている。「デイデイトの全コレクションを揃えることは不可能です」と彼は断言する。「色や針、ブレスレットの違いなど、バリエーションが体系化されていないからです」
ロレックス デイデイト“ブルックリン・ブライド” – フィリップスのグラマラス・デイデイト・セールのロットナンバー21 フィリップス提供。
それでも希望のモデルを追い求めるスリルは「非常に楽しく、やりがいがあり、同時に挑戦的でもあります」とフィリップスのブトロス氏。「二度と見ることのできない時計で、多様なコレクションを作ることができるからです。デイデイトを追い求めるコレクターはあまり多くはないものの、確実に存在します。本格的なコレクターのなかにはデイデイトを愛し、特別な個体を見つけたら、それに飛びつく人もいるでしょう」
ある意味皮肉なことだが、ロレックスの製品のなかで最も敷居が高いにもかかわらず、デイデイトはロレックスのなかでも比較的平等主義的な時計のひとつと考えられることがある。1950年代から同じ36mm径のモデルが提供されており、その歴史のなかで男女を問わない選択肢であり続けている。また、複数の貴金属ケースが展開されていることから、さまざまな理由で異なる素材を好むあらゆる文化のなかで、デイデイトは互換性を担保しているのだ。
ごく最近まで、平均的なヴィンテージデイデイトは、貴金属ケースの本質的な価値のために、ロレックスのコレクションのなかでも最高のコストパフォーマンスを誇っていた。しかし、ウィンド氏によれば、価格はそのような認識の広がりを反映し、上昇し始めているという。
「新型コロナウィルスの感染流行が始まって以来、デイデイトの価値は大きく上昇しています。以前は、Ref.1803のゴールドダイヤル、ブレスレット付きを7〜8千ドルで買うことができました。それが2年後には、状態がそこそこの個体でも1万6000ドルくらいに上昇しています。倍になったとはいえ、まだまだ余裕があります。現在、36mmの現行デイデイトは、ロレックスの希望小売価格で約380万円ほどだからです」
特にデイデイトのように長期にわたって生産されてきた時計は、通常、一夜にして価値が2倍になることはない。知名度が上がり、生産数が増えれば、何年もかけて徐々に価格が上がっていく傾向がある。デイデイトはその点では予定より早く到達しているといえるだろう。
デイデイトへの現在の関心の高まりがどこから始まり、どこに行き着くのかを理解するためには、2015年5月にフィリップス時計部門がバックス&ルッソ社と提携して、初めてテーマ別のオークションを開催したときに遡る必要がある。そのテーマとは? デイデイト、そうデイデイト尽くしである。オークション界の後ろ盾を受けて
2015年にジュネーブで開催された“グラマラス・デイデイト”オークションは、新たに設立されたフィリップス時計部門とバックス&ルッソ社との提携による初のオークションであった。2013年末にクリスティーズを退社したオーレル・バックス(Aurel Bacs)が、フィリップスに移籍してから初めて公式に壇上に立ったのである。
フィリップスが普段から調達している時計のレベルを知っている今、このセールを振り返ってみると、ちょっとした隔世の感がある。しかし、フィリップス社とバックス社にとって、このセールは十分に成功したと言えるだろう。
ベンによるオークション直後の当時の記事を見てみよう:
「デイデイトが50万ドルで売れるのを見たことがあるだろうか? 私はある。あるいは60個のロットで、曜日や日付以外の複雑機構がひとつもないモデルが663万4800ドルで売れたとしたらどうだろう? つまり、今夜販売されたロレックス デイデイト1本あたりの平均落札価格は11万580ドルとしたらどうだろう? 以上のようなことが、今晩、300人の入札者で埋め尽くされたテントで起こったのだ。我々は期待を裏切られなかった。正直なところ、今夜のグラマラス・デイデイトのオークションは、最終的な結果が私の予想をすべて上回るものだった。通称“ビッグ・カフナ”のロットナンバー43は、何と50万7000ドルで販売された。デイデイトなのに!」
ロレックス デイデイト“ビッグ・カフナ”。フィリップス・グラマラス・デイデイト・セールのロットナンバー43。フィリップス提供
ロット数60=60本のデイデイト、完全に選りすぐりの、ロレックスのデイデイトに特化した初のテーマ別オークションであった。カタログに目を通すだけでも、デイデイトの歴史のなかに存在する、無数の異なるケース素材、ブレスレット、仕上げ、ダイヤルなどの多様性を知ることができる。
あの日、ジュネーブでベンの隣に座っていたウィンド氏は「オークションにおけるデイデイトの成人式を祝うパーティーにようでした」と語る。
ロレックス デイデイト“ステラ”。フィリップス グラマラス・デイデイト
オークションのロットナンバー58。フィリップス提供
フィリップスは、オークションカタログをさまざまな章に分けて整理し、デイデイトの世界を探る上での大きな違いを直感的に理解できるように努めた。ハードストーンダイヤル、カラフルな“ステラ”ダイヤル、ダイヤルや裏蓋にハンジャルマークをあしらった王室仕様の時計、各リンクにダイヤモンドをセットした“オクトパシー”ブレスレット、グラデーション仕上げの“デグラデ”ダイヤル、立体的なテクスチャーを施したダイヤル、バゲットをセットしたアワーマーカーなど、多種多様である。
私は、今回出品されたすべての時計が、ロレックスによって作られものだという事実を、いまだに受け入れることができない。スイスの企業であるロレックスは、非常に慎重にモデルの改善を図ること、つまり大きな変更は加えないことで知られているからだ。デイデイトというレンズを通して、カラー、スタイル、デザインなど、ロレックスが持つ多様性を目の当たりにすることは、とても興味深いことだ。
フィリップス グラマラス・デイデイト オークションのロットナンバー14。フィリップス提供
グラマラス・デイデイトのオークションは、今思えば今日まで続く話題の発端だった。このオークションでは、それまで時計愛好家のあいだではほとんど話題にのぼらなかったデイデイトの別格の存在感に初めて光が当てられたのだ。
「オークションは驚きの連続でした」とマリク氏は言う。「これまでデイデイトは、どのオークションでも注目されておらず、相応の価格がつかなかったのです。そして、世界記録となる60本の時計が出品され、多くの時計が現在の基準においても高額で落札されたと言えるでしょう」
ロレックス デイデイト“アラジンの薔薇”。フィリップス グラマラス・デイデイト オークションのロットナンバー25。フィリップス提供
デイデイトにとっての次の大きな出来事は、数年後、再びフィリップスで起きた。ジャック・ニクラウス(Jack Nicklaus)が1967年来、毎日連れ添ってきたYGのデイデイトRef.1803をオークションに出品すると2019年に発表したのである。なお、彼は前年に我々の『Talking Watches』に出演してくれた。
ロレックス デイデイトを手にするジャック・ニクラウス。
その年にロレックスから贈られたこの時計を、ニクラウスは18回のメジャー大会のうち12回の優勝時に携えていた(いつも靴下に包んでゴルフバッグに入れていたそうだ)。この時計は最終的に、2019年12月にニューヨークにおいて122万ドル(1億4100万円)で落札され、その収益の100%が慈善団体ニクラウス・チルドレンズ・ヘルスケア財団に寄付された。
ジャック・ニクラウス氏。Jake’s Rolex World提供
デイデイトがオークションで100万ドルを突破したのは初めてのことだった。当時、スティーブン・プルビレント(Stephen Pulvirent)はHODINKEEの取材で、過去にデイデイトが「50万ドル超で落札された記録は、主要なオークションハウスの記録では見当たらない」と指摘していた。さらに「これに勝るデイデイトを想像するのは難しい」とも述べている。
2年かかったものの、彼にはもう想像してもらう必要はない。先週、サザビーズで新たな記録が誕生し、希少なデイデイトが新たな注目を集めていることを改めて実感した。稀少性と来歴は常に重要
ロレックス“レインボー・ハンジャル”デイデイトが、予想落札価格の4倍近い高値を記録したのは、さまざまな理由がある。ロレックスが複雑な装飾を施し、18KWGのケースにダイヤモンドパヴェダイヤル、レインボーサファイアをセットしたベゼル(同色のインデックス付き)、ダイヤモンドをセットしたプレジデントブレスレット、ケースバックにはオマーンの独特なハンジャルの紋章がダブルで入っているのだ。
ロレックス“レインボー・ハンジャル”デイデイト。サザビーズ提供
そこで、今回のオンライン販売を担当した英国サザビーズのスペシャリスト、トム・ヒープ(Tom Heap)氏に、この時計の背景の詳細を伺った。
「この時計が成功したのは、その希少性だけでなく、まったく使用されていない状態だったからです」とヒープ氏は解説する。「オークションに出品された初めてのモデルということもあり、価格設定については迷いました。また、ジャック・ニクラウスの時計が非常に高い評価を得て、慈善活動の観点からも高く評価されたケースとは異なり、今回(デイデイトが)どこまで高く売れるかは見当がつかなかったのです」
サザビーズによれば、この時計は1984年にオマーンのスルタン、カブース・ビン・サイード・アール・サイード(Qaboos bin Said Al Said)国王から譲り受けた個体だという。カブース国王は、ロンドンのアスプレイ社に依頼して、友人や来日した要人にユニークなロレックスの時計を贈ることで知られていた。
ハンジャルの紋章は、ヴィンテージロレックスの世界では珍しい存在ではない。1970年7月23日から2020年に亡くなるまでカブース国王陛下が率いていた中東オマーンの国章である(A Collected Manの記事では、時計製造におけるこのシンボルの背景がうまくまとめられている)。ハンジャルの紋章が入ったロレックスの時計は、何年も前から高い人気を誇っている。王族由来の出自が興味をそそるのは当然ながら、デイデイトの現代史の重要な部分、すなわちアラブ世界との絆を明らかにしてくれるからだ。
フィリップス グラマラス・デイデイト オークションのロットナンバー11。フィリップス提供
ドバイ在住のマリク氏は、デイデイトが中東の人々に愛されているかどうかという質問に、「イエスともノーとも言えるでしょう」と答える。「中東の宗教はイスラム教が主流で、金を身につけることはコーランで禁止されているのです。だから、西洋に比べてPtのデイデイトが多いのだと思いますが、なかには金無垢の時計をつけている人もいて、そういう方をよく見かけます。中東でファーストオーナーの時計を探すと、ほとんどがデイデイトで、アメリカのデイトジャストやサブマリーナーとは対照的です。また、ほかでは見られないようなスペシャルオーダーもたくさんあります」
フィリップス グラマラス・デイデイト オークションのロットナンバー26。フィリップス提供
新旧デイデイトに見られるアラビア文字のサインは、オマーンのハンジャルだけではない。ロレックスは1950年代後半から、イースタン・アラビアインデックスと呼ばれるインド数字を採用した特別なデイデイトのダイヤルを提供してきた(ドバイ・ウォッチ・クラブの創設者であるアデル“D244”アル・ラフマニ〈Al-Rahmani〉氏は、WatchesBy SJXにインド数字を採用したロレックスの時計の歴史についてすばらしい記事を寄稿している)
ロレックス デイデイト“クレオパトラ”-フィリップス グラマラス・デイデイト
オークションのロットナンバー23。フィリップス提供
イースタン・アラビック・デイデイトのなかには、ユニークなダイヤル採用しているものがあり、グラマラス・デイデイトのオークションでは、“アラジンの薔薇”や“ブルックリン・ブリッジ”などが出品されていた。2020年12月、フィリップス社は“ホルスの目”を出品した。このモデルは、Pt製のユニークなRef.1804で、アシンメトリーなギヨシェダイヤルが特徴的だ。
特徴的なロレックス デイデイト “ホルスの目” 。2020年12月のフィリップス レーシング・パルス ニューヨーク オークションのロットナンバー92。フィリップス提供
アメリカでは、かつてYGケースにゴールドシャンパンダイヤルを備えたクラシックなデイデイトが人気を博し、口髭を生やした西テキサスの石油会社関係者やゴードン・ゲッコー時代のウォール街のエグゼクティブたちの腕に登場した。しかし、オマーンやアラブ首長国連邦などの中東諸国では、ダイヤルの色や宝石、仕上げの方法などが万華鏡のように異なる、より精巧なデイデイトのイメージが定着していた。後者は、ロレックスの最高級コレクションのビジョンがいかに魅力的であるかを表している。
中東の一部のコレクターが何年も前から知っていたことに、世界がようやく追いついてきたのである。デイデイトはロレックスの最高傑作
今回の取材で最も楽しかったのは、デイデイトこそがロレックスの表現の場であることを実感できたことだ。私も含めて多くの人が、スイスの典型的な企業であるロレックスの時計づくりは、概して遅々としていて、慎重なアプローチであると批判してきた。SSに特化したコレクションの系譜を見れば、それに異議を唱えることは難しいが、少なくともロレックスが常に時計を特別なものにする方法をよく知っていることは間違いない。
デイデイト 40(Ref.228396TEM)を見てみよう。つい最近まで、定価で買えるロレックスの時計のなかで最も高価なものだった。パヴェダイヤル、エメラルドをセットしたベゼル、そして40万ドル超のプライスタグの組み合わせは、グラマラス・デイデイトのカタログに見られるように、ロレックスがかつてほどは“奇抜な”デザインを量産していないとはいえ、今でも存在することを証明している。
ロレックス デイデイト40 Ref.228396TEM。出典:The Keystone
「信じられないかもしれませんが、ロレックスは宝石をセットした時計のリーダーなのです」とブトロス氏は言う。「ロレックス流のセッティングとは、毎日身につけていても宝石がひとつも落ちてこないようにしっかりと爪で留めていることです。ロレックスの宝石がセットされた時計を見ると、それだけで最高のロレックスであることがわかるのです」
デイデイトは、ロレックスの時計とは思えないような遊び心がある。一般の時計愛好家に “パックマン”のようなデイデイトを見せても、それが本物のロレックスの製品だとは思ってもらえないのではないかと思うほどだ。
ロレックス デイデイト“パックマン” – フィリップス グラマラス・デイデイト
オークションのロットナンバー16。フィリップス提供
「私がいつもお客様にお伝えしているのは、もし目の前に時計のことをまったく知らない人がいたとしたら、サブマリーナーをすばらしいと感じることはないでしょう。なぜなら技術的にはとてもシンプルなツールウォッチだからです」とマリク氏は言う。「しかし、カラフルなダイヤルのデイデイトを身につければ、時計好きでなくても、時計に詳しくなくても、その美しさを認識することができるのです」
一般の時計愛好家にはわからないようなディテールの数々が、部外者の目にはデイデイトの魅力として映るのである。実に逆説的なおもしろい現象ではないだろうか?価格はまだ暴騰していない
結局のところ、貴金属製のロレックスはそれなりの存在感を持つものなのである。よくも悪くも常に注目される対象であるため、デイデイトが自分に合っているかどうか決める前によく考える必要がある。
ベセニー・フランケル(Bethenny Frankel)のターコイズダイヤル デイデイトには手を出すな。
私自身は、これまで金無垢のロレックスというコンセプトに魅了されたことはなかったが、デイデイトの奥深さと多様性に気づき、コレクション全体を見直した。つまり、アンモナイトダイヤルを持つデイデイトを持っていたら、どんなにクールだろう? 私にとって、このような時計は、これまで私が見聞きしてきたロレックスの文脈とはまったく異なる、楽しくて遊び心のあるスタイリッシュな存在である。
ロレックス デイデイト アンモナイトダイヤル。フィリップス グラマラス・デイデイト オークションのロットナンバー46。フィリップス提供
私がこの記事のために話を聞いた専門家たちは皆、デイデイトへの関心は近い将来、長期的に高まっていくと考えている。オークションの価格がその証拠である。デイデイトは、2013年のデイトナ、2018年のサブマリーナー、そしてニクラウスのデイデイトと同じ夜に195万ドル(約2億2530万円)で落札されたGMTマスターと並び、オークションで1億円(100万ドル)の大台を突破した最新のロレックスである。
しかし、デイトナ“ポール・ニューマン”のように、数千万円~数億円の予算がなくても、理想のデイデイトを見つけることができるのだ。
レブロン・ジェームズ(LeBron James)は、自身の栄冠であるクリーブランド・キャバリアーズの2016年NBA優勝を祝う際に、デイデイトIIを選んだ。 画像: David Liam Kyle/Getty Images
「状態の良いデイデイトRef.1803は、すばらしい状態のRef.5513やRef.1016、Ref.1680“ホワイト”よりも安く手に入れることができます」とウィンド氏は言う。「今よりも安価な時計はいくつもありますが、本来は金の価値がずっと高くなるので、下落リスク回避効果があります」と語っている。
ブトロス氏も、早めに購入した方が良いと同意する。
「デイデイトはまだ大々的に騒がれていないので、すばらしい作品を適正な価格で手に入れるチャンスがあります。確かに、希少なモデルや非常に人気のあるモデルにはプレミアムがつきますが、プレミアムは途方のない額ではありません」
ロレックス デイデイトは、アメリカ大統領や権力者、NBAのスーパースターが愛用する時計である。多くの人にとっては、生涯の成功、キャリアの達成、伝統的な上流階級への参入を象徴する誇り高いゴールである。そして、将来の成功者にとっては、目指すべき目標を示すものである。
このデイデイトは、より多くの時計コレクターに支持されており、今後もより多くの人々に、ハンス・ウィルスドルフが自らにも課したのと同じ頂点を目指してもらうことは間違いないだろう。
本記事に対するポール・ブトロス(Paul Boutros)氏、エリック・ウィンド(Eric Wind)氏、トム・ヒープ(Tom Heap)氏、タリク・マリク(Tariq Malik)氏の貴重なご意見、ご感想にこの場を借りて感謝申し上げる。